大判例

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東京地方裁判所 昭和38年(ワ)1号 判決

原告

北日本汽船株式会社

代理人

柴田博

被告

千葉水産株式会社

千葉秀夫

両名代理人

橋本平男

主文

原告の求請をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一当事者双方の申立

(原告)

被告等は各自、原告に対し三六一万九三七四円およびこれに対する昭和三六年七月二一日から右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告等の連帯負担とする。

仮執行の宣言。

(被告等)

主文同旨。

二主 張

(一)  争いのない事実。

昭和三六年七月二一日午後一一時二五分頃、原告の所有する機船隆洋丸(船籍港東京都、総トン数九九九トン九六)と被告千葉秀夫が所有し、被告千葉水産株式会社(以下被告会社という)が賃借して使用する機船第二三弁天丸(船籍函館市、総トン数七四トン二三)とが、津軽海峡東口、恵山岬灯台から磁針方位南東微東二分の一東約三・五海里の地点で衝突した。

右衝突に至る経過は次のとおりである。

隆洋丸は前同日巻鉄板約一五五〇トンをのせ、兵庫県広畑にむけ室蘭港を発し航行中、霧となつたので、午後八時三〇分頃同船の船長杵築豊次郎は当直中の一等航海士木村宣の報告を待たず昇橋し運航の指揮に当つていたところ、同九時二〇分頃濃霧となり展望が著しくさえぎられたが、霧中信号を吹鳴しはじめたのみで減速することなく、時速約一〇・五海里の全速力で続航し、同一一時一七分頃レーダにより恵山岬灯台を右舷正横約二海里二分の一に並航して南南東に変針した。針路が定まつたとき、杵築レーダにより左舷船首約三点二海里ばかりのところに第二三弁天丸の映像とそれより右方にわたり数隻の他船の映像とを認め、第二三弁天丸の映像が自船と互いに接近する状況であつたのになんらの措置もとらず依然全速力のまま続航した。その頃昇橋していた木村は主として船橋右舷側にあつて前方の見張りに当り、杵築はレーダを離れて船橋中央近くで前方を見張つていたところ、同時二五分少し前、右両名は左舷船首約三点一〇〇米ばかりのところに第二三弁天丸の緑灯を始めて認め、同時にその霧中信号を聞き、杵築は直ちに機関停止、全速力後退を命ずるとともに右舵一杯としたが、第二三弁天丸の船首はほぼ南微東に向首した隆洋丸の左舷船尾に前方から約七点の角度で衝突した。

当時天候は濃霧で、南東の至軽風が吹き、潮候は下げ潮の中央期であつた。

又第二三弁天丸はさけます漁業協宝丸船団所属の独航船であつて、北洋漁場で操業し、函館に至る航行の途中、同日午後七時三〇分頃霧となり、同船船長斉藤喜三郎は昇橋して運航の指揮に当り、同九時頃漁労長金田富久二は当直のため昇橋して前路の見張りに当つた。同一〇時三〇分頃濃霧となり、展望が著しくさえぎられ、斎藤は適度の速力としたいところであつたが、たまたまレーダが故障中であり、これから津軽海峡に入るところで、船団とあまり離れては具合が悪いと思い金田とも相談のうえ、機関の毎分回転数を四〇ばかり落すよう命じ、一時間八海里ばかりの速力(全速力の時速九海里)とし、霧中信号を行ない、船首に見張員二名を配置して続航し、同一一時頃恵山岬灯台の無線方位を西にはかり南八〇度西に変針した。同時二五分少し前、斎藤は右舷船首間近に隆洋丸の霧中信号を聞いて機関を停止したところ、間もなく右舷船首約四点一〇〇米ばかりのところに隆洋丸の白灯を始めて認め、直ちに機関を全速力後退に命じ右舵一杯としたが、船首がほぼ西微北を向いたとき前示のとおり衝突した。

本件衝突は、濃霧となり展望が著しくさえぎられた場合適度の速力とせず、かつレーダーで前路に他船の映像を認め、自船と互いに接近する状況にあつたのになんらの措置もとらず、依然全速力のまま進行した隆洋丸の杵築の運航に関する職務上の過失と、濃霧となり展望が著しくさえぎられた場合適度の速力で進行しなかつた第二三弁天丸の斎藤の運航に関する職務上の過失によつて発生したものである。なお、右過失の程度については隆洋丸側が重かつた。

本件衝突により、隆洋丸は現実の損害として二一七万一三五九円(内訳、修繕および検査関係費用二〇九万四七五〇円附随諸費用七万六六〇九円)、休航損害として一四四万八〇一五円、計三六一万九三七四円の損害をうけ、第二三弁天丸は修繕費等現実の損害として一〇九万五九六〇円、休航損害として二七三万九〇七六円、計三八三万五〇三六円の損害をうけた。

(二)  争いのある主張

(原告)

1 責任の帰属者について

被告千葉秀夫は所有者として商法六〇九条により、被告会社は訴外斎藤の使用者として民法七一五条、賃借人として商法七〇四条一項によりそれぞれ損害賠償義務を負い右は不真正連帯の関係にある。

2 責任の分担について。

双方過失による船舶の衝突については、双方の損害を一団として考え過失の割合に応じて双方船主に負担させたうえ、受取勘定となる船主からのみ相手方に対し損害賠償請求をうけるもの(以下単一責任説という)とすべきではなく、各船主は互いに損害賠償請求権をもつもの(以下交又責任説という)と考えるべきである。

この場合民法五〇九条により被告等は相殺しえない。なお、被告等主張の損害賠償権は衝突発生の日から一年の経過により時効で消滅している。

(被告等)

1 被告千葉秀夫は単なる所有者であるから損害賠償の義務を負わない。

2 商法七九七条の解釈として単一責任説をとるべきである。

仮に交又責任説をとるとしても、被告会社訴訟代理人は昭和三八年二月八日の本件口頭弁論期日において前記被告等の損害額をもつて原告の損害額と対当額において相殺する。

右各損害賠償債権は衝突という同時的現象で発生したもので性質も同一であるから民法五九条の適用はない。

三証拠≪省略≫

理由

一事実関係についてはすべて当事者双方に争いがない。

二責任の帰属者について判断する。

原告は被告千葉秀夫が船舶の所有者であるから商法六九〇条により本件衝突につき損害賠償の責任を負うと主張するが、右の規定は海上企業の保護を目的とするものであるから、同条にいう船舶所有者とは単に船舶の所有権を有する者を指すのではなく、所有船舶を自ら海上企業をなす目的で航海の用に供する者をいうのであつて、船舶を他に賃貸した場合にはその賃借人が海上企業者としての地位に基き、その船舶の利用について生じた権利義務を負うものである(同法七〇四条一項)。第二三弁天丸は被告会社が賃借していたのであるから、本件衝突について責任を負うのは被告会社であつて、被告千葉秀夫ではない。よつて同人に対する原告の請求は、その余の点につき判断するまでもなく、理由がない。

三責任分担について判断する。

双方過失による船舶の衝突については、衝突という事実が一つであるから、一個の不法行為があり、その損害も単一の損害であつて支払勘定となる方のみに単一の責任が生じるにとどまるとの考え方もあるが、衝突という事故が一つであつても、双方にそれぞれに損害が生じ不法行為の要件を充たしていれば、むしろ別々に二個の不法行為が存在すると解するのが相当である。商法七九七条は船舶の衝突が同時に一つの事実で相互的にされた不法行為であることから、損害額の負担について法律上の過失相殺が当然に認められる(過失の軽重を判定できないときは平分して負担する)とするという妥当な解釈を規定しただけであつて、不法行為による経営賠償請求の実体的内容にまで変更を加えたものと解することはできない。又右のように解すると民法五〇九条の相殺禁止の規定が問題となるが、同条は不法行為の被害者には現実の弁済によつて損害の填補をうけさせようとするためのものであるから、双方過失による衝突のような一個の同時的現象において相互的に発生した同質的な損害についてまで相殺を禁示する趣旨のものとは考えられない。相手方がその責任を制限した場合(商法六九〇条)に不公平が生じないかの点については公平の見地により責任を制限されても損害賠償について差引計算を主張しうると解する余地があるし、いずれにしろ商法六九〇条の解釈として解決すべきであつて、そのことから交又責任説を否定するのは適当でないと考える。

ところで本件双方の過失の程度について原告側が重いことは当事者間に争いのないところであり、双方に争いのない衝突の経過によれば、原告側の船舶はレーダーを備えており、しかも全速力のまま航行した点で過失が重く、原、被告の過失の割合は少なくとも原告六、従つて被告四と認めるのが相当である。しかして同様に争いのない双方の損害額によれば、原告は被告に対し少なくとも二三〇万一〇二一円の支払義務があり被告会社は原告に高々一四四万七七四九円の支払義務しかないことになる。

よつて当裁判所に明らかな被告会社の相殺の意思表示によつて原告の損害賠償請求は消滅している。原告は被告会社の債権について時効による消滅を主張するが、民法五〇八条によつて右主張は理由がない。

四結 論

原告の請求はいずれも失当であるからこれを棄却することし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。(石田哲一 岡垣学 前川鉄郎)

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